それは君がくれた
憐桜学園は資産家の令嬢が通う学校であると同時に、ボディーガード養成施設でもあった。女子は頭の良し悪しとは関係無く超一流の資産家だけが入学を許されるが、男子はボディーガード候補生のみだ。将来的に彼女たちの警護を務める者たちを早い内から育成する画期的なシステムである。彼らは一年でボディーガードとしての教育を受け、残り二年は実際に資産家の令嬢に付き彼女たちを守りながら過ごすことになる。が、その肝心の二年目に進めるのは入学者の中でも優秀なほんの一割だ。
俺もかつては此処へ通っていたものだが、残念ながらその一割にはなれなかった。元よりその体質ではボディーガードなど無理な話だったのだと父は笑うだけで気にしていなかったけれど、親戚からの目は冷たかったと思う。優秀なボディーガードを輩出し続ける名門、なんて家に生まれるものではない。とは言え、父も俺も周囲の評価はあまり気にしない方だ。親戚から俺への風当たりが強くなってもそれは真剣に思い悩む程の事態では無かった。とてもどうでもいい。
しかし、ただ一人、俺をいつも尊敬し慕ってくれた少年の期待を裏切ってしまったことは、どうでもいいと流せず胸に残留する悔いだった。実の弟のように可愛がったし、実の兄のように俺に懐いてくれた彼は従兄弟であり、俺が進級出来なかったと聞いて本人よりもずっと強くショックを受け――そして俺に対して失望したらしい。その頃からだ、彼が俺を避けるようになったのも、冷めた目で見るようになったのも。元々彼は根が真面目過ぎるくらいだ。進級出来ずボディーガードになることを簡単に挫折した俺に驚き、許せなかったんだろう。それから今まで、両手で数え切れる程度の数しか従兄弟を目にする機会は無く。半年に一度、幼い尊徳の夢を見るようになった。未練があるのだろうが、それにしても重症だ。従弟、宮川尊徳の態度の変化に慣れることのないまま、十年が経つ――筈だった。
*
「……ん」
「おはようございます、今日は自分で起きられたんですね」
低い声が耳元に届き、眠りに落ちていた脳が一瞬で目を覚ます。朝には弱い方だけれど、頭も身体も侵入者の気配にはとても敏感だ。素早く上半身を起こし、一人部屋の自室に何故か平然と侵入している奴――従弟の姿を確認する。制服をきっちり着こなした、真面目な顔付きの青年が俺を見る。侵入者が従弟であったことに内心安堵した。この時間の人の気配の犯人は基本彼以外有り得ないのだが、それでも頭は近付いた気配の正体をこの目で確かめるまで警戒を止めないし、身体は勝手に強張るように出来ている。
夢で最後に見たのは誰かの可愛らしい笑顔だった気がするが、もうよく思い出せない。とりあえず、時間の確認。枕元に置いた腕時計は朝六時十五分を指していた。いつも起こしに来る時間より少し早いな。
「なんというか、お前も毎日よくやるよ、尊徳」
「なんのことです。まだ寝惚けているんですか?」
「もう覚めてる。それより、お前は俺に無断で部屋に入るなと年に何度言わせる気だ?」
「僕には無断入室する権利があります」
「日本語で話してくれないか」
「僕は冗談で言ってるんじゃない」
憐桜学園に入学した尊徳と、込み入った事情でその学園の養護教諭兼寮監督となった俺は、こうして毎日学園でも寮でも顔を合わせていた。成り行きとは言え一つ屋根の下で暮らすという状況が俺にとっては信じられない事態だ。加えて、尊徳は態度こそ冷めているし昔と違い敬語なんて使ってくるが、決して俺を避けたりはしない。彼が大人になったのか、時間が解決してくれたのか。それは俺の知るところではないけれど、何にせよ喜ぶべきことだろう。それはいい。ただ、毎日毎日朝になると部屋に無断侵入してくるのはどうかと思うわけで。何故か、尊徳は俺の部屋の合鍵を持っている。渡した奴は不明。どんなに問い詰めても不明。最初は彼の同級生、ピッキングが得意な朝霧海斗がついに合鍵を作る技術を手に入れた可能性を考えていたが、どうやら本物の合鍵のようなので始末が悪い。咎めるつもりで睨んでみるけれど、尊徳は意に介さない様子で嘆息してみせた。溜め息を吐きたいのはこっちなんだが。
「そんな顔しても駄目です。絶望的に朝に弱い上に、日課をすぐサボろうとする方が悪いんですよ。養護教諭なんですから自分の体調管理くらいしっかりして下さい」
「いや、俺は……」
「ほら、体温計」
「……ありがとう」
間近に差し出された体温計を受け取って、仕方なく言われた通り体温を測ることにする。この日課(と言っても俺は彼に言われなければサボっているわけだけど)をどうして彼が知っているのか、まずそこからおかしい。やたら体調の心配もしてくるということは俺の体質を知っている何よりの証拠なのだが、尊徳に自分のことを話した覚えは無い。それは彼の兄姉に対しても同じだ。何故知っているのかと訊ねてしまったら、彼とはこのままの関係で居られない気がして、これまで強く問い詰めることは出来なかった。予想は何となくではあるが付いている。外れて欲しいと願う予想。これが当たっていたと分かる時、俺はきっと惨めになると確信する。だから、訊けない。
彼がこうやって部屋を訪ねて来るようになったのは一年前、彼がこの学園に入学し、俺が赴任して来てそう間も無い頃だ。最初こそ遠慮の色が見えていたが、今ではその片鱗も窺えない。尊徳は兄姉間で図々しいと評判らしいけど、これは最早そういう問題では無い気がする。「此処にコーヒー置いておきます」と無愛想に彼は言う。ただの不法侵入もこうなると段々健気で可愛く見えてくるのだから厄介だ。ぴぴ、と音を鳴らして計測終了を知らせた体温計を服の中から出す。デジタルの表示は35.8度。そのまま電源を切ってしまおうとする……が、それは伸ばされた尊徳の手によって阻まれた。彼は俺から取り上げた温度計の画面を自身の目で確認してから、電源を切る。
「よし」
「よし、じゃないだろう。お前な、」
「」
どこか思い詰めた風にも取れる声音に、俺は反論する言葉を失う。年下相手に軽く圧されたなんて、少し不覚だ。
「後一週間で今年度が終わります」
「ああ、そうだな」
今は年度末。もうすぐ彼ら一年生は二年に上がる。そうなれば、寮を出て担当するお嬢様の家で暮らすことになる。進級出来れば、の話だけれど。まあ常に成績優秀な尊徳のことだ、心配はしていない。
「僕は恐らく……いや、絶対に麗華お嬢様の警護を担当することになる」
「だといいけど」
「なるんです」
日本でも有数の資産家である二階堂家の長女、二階堂麗華。恐らく、彼の学年で最も狙われる危険性の高い人物。成績優秀な尊徳がその護衛に選ばれても不自然ではない。けれど、俺の知る限り、選ばれることはないだろうなとも思う。二階堂麗華は護衛を付けることを酷く嫌っている。ボディーガードというだけでも鬱陶しがられる要素を含んでいるのに、その上、尊徳のような性格の男を彼女は好まない。多分、無理だろうな…。その次に危険度の高い二階堂麗華の双子の妹、彩の警護を任されるのではと俺は読んでいる。どちらにしろ、彼はこの寮を出ることになるだろう。
「だから、僕は来年度から二階堂の屋敷で暮らすことになります。もうあなたの世話をすることは出来ません」
俺は世話をされていたのか。妙にショックなのは何故だろう。ごほんと咳払いをした尊徳は、苦い顔で俺を見つめた。
「明日にでも健康管理をきちんと一人で出来るようになって下さい。は今年でもう二十……一……三…いや、多分二でしょう」
「二十五だが」
「…………」
散々迷った末に思いっきり間違えないで欲しい。
「な、なら尚更です。検温は毎朝する、外から帰ったら手洗いうがい、体調が少しでも悪いと思ったら医者へ行く、あと……」
「わかった、わかったから。普段言われてることをきちんとする。全く、まるで父のようなことばかり言うな、お前は」
ベッドから抜け出し、冷めてしまったコーヒーを口に運びながら、黙り込んでしまった尊徳の様子を窺う。そうであって欲しく無いとずっと願っていた、一つの可能性が、俺の頭を過ぎる。何故彼が俺の日課を知り、体質を知り、心配してくるのか。誰かに教えられ、そこに思うことがあったのだ。彼の親でもなく、兄弟からでもない。だとすれば、後は一人しかいないだろう。
「ずっと、言わなければいけないと思っていたことがあります」
僅かに目を細めて、覚悟を決めたように真っ直ぐこちらを見据えた。駄目だ、と直感する。これを聞いてはいけない。聞いてしまったら、俺は。
「……、兄さん。僕は、叔父から――」
止めろ、言うな、何もなかったことにしろ。拒否する言葉だけが浮かんで、しかしそのどれもが言葉にならなかった。情けなくて仕方無い。こんな年下の学生に気を遣わせて、俺は一体何をやっているんだ。気が付くと空になったコーヒーのマグカップが手から離れ、それは重力に従って床へと落ちる。大きな音を立てて、カップが三つに割れてしまうのを、俺も尊徳も茫然と見下ろしていた。
拾わなければ。身体を強張らせたまま、俺は身を屈めながら手を伸ばそうとする――が、その行為は第三者の声に止められた。
「なにやってんだよ、危ないだろ」
入り口からのその声は、俺でも尊徳でも無い、青年のものだった。扉の方に視線をやれば、そこには見慣れた男が立っている。制服こそ尊徳と同じものだが、纏う雰囲気は180度違うと言ってもいい。声をかけられるまで気配を微塵も感じられなかった辺りはさすが、というところだろう。
「な、なんで海斗がそこに居るんだ。扉の鍵はかけたぞ!」
青年――朝霧海斗を尊徳は飛び掛っていきかねない勢いで睨みつける。海斗は涼しい顔で尊徳を見つめたまま楽しそうに笑っていて、その態度がまた尊徳を煽っているようだ。
「オレにはそんなもん通用しないって知ってるだろ?」
「……っ、ピッキングか。碌なことをしない奴だ」
「無断で入るんだから鍵を持ってようがそうでなかろうが一緒だろ」
「一緒じゃない!」
助かったと言うべきか、非常に面倒臭いことになったと言うべきか。とりあえず、喧嘩は余所でやってくれ。あと、部屋には無断で入るな。教師の部屋でやりたい放題もいいところだ。真面目過ぎる尊徳と、不真面目過ぎる海斗。顔を合わせれば口喧嘩が絶えないこの二人は、今日も元気に犬猿の仲をやっていた。
「喧嘩するなら出て行け、君ら二人ともだ」
「そう言うなよ、尊がを朝這いしてるんじゃないかと心配して助けに来てやったんじゃねえか」
「誰がするか! 僕を貴様と一緒にするな! あとをで呼ぶな!」
「うるせえ。オレは男を襲う趣味なんかねえよ。だがブラコンは血迷ったら何するか分からないだろ?」
「は従兄弟であって実の兄じゃない!」
「そこは問題じゃないと思うぞ」
「頼むから騒ぐな二人……」
――頭が痛くなりそうだ。口に出した瞬間に尊徳が病院に行けと言い出しかねないので決して口にはしないが。
「だいたい、鍵かけて何しようとしてたんだよ。十分怪しいだろうが」
「それは……っ、貴様には関係無い!」
「その辺りにしておけ、朝霧。尊徳は俺に大事な話があった。それだけだ」
尊徳は誰にも邪魔されず、俺と話がしたかった。それだけだ。彼が俺を心配し、この一年人並み以上に気にかけていた理由。もうこの生活に終わりが見えているからこそ、それを話しておこうと彼は考えていたのだろう。
「悪い、愛の告白を邪魔しちまったか」
「違う!!」
「こら尊徳、お前も簡単に煽られるんじゃない。ボディーガードになるなら常に冷静でいるべきだ」
「っ……」
やっと冷静さを取り戻したのか、尊徳はぐっと怒りを堪えるように唇を噛んだ。そんな彼に海斗は軽い足取りで近付き、そっと肩に手を置く。
「そんなに落ち込むなよ、振られたくらいで」
「貴様に励まされたくないわ! と言うか、僕は振られてもいない! いや、その前にそんなことで落ち込んでいたわけじゃないっ」
肩に置かれた手を尊徳はこれでもかというくらいに強く払う。全然冷静さを取り戻しちゃいなかった。海斗は尊徳を怒らせる天才だ。いや、人を怒らせる天才か。放っておいたらいつまでもやっていそうな口喧嘩をそろそろきちんと止めなければならない。俺は着替えなくてはいけないし、彼らもそろそろ朝食の時間だ。
「朝食の時間だ、二人とも速やかに食堂へ行きなさい」
「、僕の話が、」
「話なら後で聞く。……あー、朝霧、やっぱり君は残れ。朝から騒いだ罰としてこの割れたカップの片付けを命じる」
「あんたが割ったんだろ、尊に片付けさせろよ」
「なんでが割ったら片付けが僕なんだ!」
「お前はのお世話当番だろ?」
「俺は飼育小屋のウサギか。……頼むからいい加減にしてくれ」
呆れ果てるしかない。尊徳の怒りをなんとか宥め、海斗に無理矢理カップの残骸を拾わせている間に尊徳を廊下まで送る。とてつもなく不服そうな彼を見上げて、俺は少しだけ口元を緩ませた。
「やり方はともかく、感謝しているよ。お前には助けられてる。本当に、ありがとう」
尊徳の頭に手を伸ばす。けれど、すぐに手首を掴まれ、頭を撫でることは敵わなかった。ちょっと残念。彼は不機嫌そうに眉根を寄せている。
「止めて下さい、もう子供じゃありませ……」
何かに気付いたように、尊徳がそこで言葉を止めた。じっと掴んだ手首を見ている。――なるほど。俺は慌てて掴まれていた手を引っ込めて、彼の肩を強めに押した。
「ほら、行きなさい」
気まずそうに部屋を後にする尊徳の後ろ姿を見送り、俺は振り返る。ビニール袋に破片を片付け終えた海斗がにやにやと俺を眺めて口を開いた。
「今どんな気分だ?」
「最悪だよ。とんでもなくね」
「確かに、いじめたくなる顔してるぜ」
「君はとてもいじめたそうな顔をしているな」
長々と軽口を叩き合う元気はあまり無い。本題に入って、さっさと彼にも食堂へ向かってもらわなければ。部屋の扉を静かに閉めてから、海斗と向き合う。反省の色が全く見えない、困ったものだ。
「無駄だとは思うが言っておく。立ち聞きは良くないぞ、海斗」
「助けてやったんだろうが」
「二度とするな」
「いいタイミングじゃなかったか? それに、オレに聞かれて困るようなことを話してたわけじゃないだろ」
「君に聞かれたくないことだった」
正確には朝霧海斗に、じゃなく、他人に、聞かれたくないことだ。尊徳に知られることすら予定外だったというのに。広めて楽しい話では決して無い。
「おいおい、オレとの間につまんねえ隠し事は無しだろ。だいたい、身体虚弱なんて自慢出来ることじゃないが、ひた隠し出来るもんでもない。戦っちまえば一発でバレるんだぜ?」
「今更期待はしてないが、君を見てるとデリカシーという言葉を辞書で引いて見せてやりたくなってくる」
「じゃあ今日の夜、部屋まで辞書の配達頼むわ」
「それはデリバリー……って、妙なことを言わせるな」
力が無さ過ぎる、と海斗に言われたことがある。一度だけ、彼と拳を交えた時のことだ。技術はともかく、成人男性にしては力があまりにも無いと、彼は心底驚いていた。あれはなかなかに悔しかったことを覚えている。あの出来事と、尊徳の俺に対する気遣いようを見ていれば、察しの良い海斗には簡単に分かることだったか。
「海斗に隠し事をするのがこんなに難しいとはね」
「今になって気付いたのか」
「俺はあまり鋭い方では無いから。まあでも、俺は君の秘密を知っているわけだから、この方がフェアかもしれないな」
「あんたのバレやすいそれは秘密とは言い難いものがある」
「きついなあ」
否定出来ない辺りが残念だ。実際、体調を崩し難い身体とは言えないし、何も知らない他の生徒や先生に心配されたこともある。
これは先天的なもので、昔から苦しんできたものだ。しかし、人一倍身体を鍛えるよう努力し、周囲には体質についてほとんど告げずにいた。無理だと思っていた憐桜学園にボディーガード候補として入学まで果たした。本来なら、辿り着ける筈も無かった場所。無理をしてまでボディーガードを目指したのは――たった一人、俺を慕う少年が居たから。彼の期待に応えたかったから。入学までが、俺の限界だったけれど。期待を裏切られた幼い尊徳は俺に失望していた筈だが、恐らく最近になって俺の事情を知ったのだろう。今までの態度を密かに反省して、俺を気遣ってきたのかもしれない。あるいは、反省した上で俺の父に何か助言されたのだろう。俺の部屋の鍵も、多分――。本当はそんな必要は無く、彼の俺に対する態度は事情を知る以前のままで正しかったのに。一番同情されたくない相手に、俺は同情されている。
海斗はカップの欠片の一つを片手で弄びながら「秘密か」と呟いた。首を傾げると、彼はくく、と堪えるように笑って、欠片を見つめていた視線をこちらに寄越す。
「秘密の共有っていうのは悪くない響きだ」
「共有相手が君だと微妙だけど」
「あんたいつか絶対掘ってやるからな」
目がマジなのは気付かなかったことにしよう。
「下らないこと言ってないで、片付け終えたのなら君もそろそろ食堂へ行きなさい。俺も着替えたいしね」
「オレが居ると着替えられないのか?」
「見られても困らないが、君が眺めて面白いものでもないだろう」
「素直に海斗様と違って逞しく無い、か細い身体を見られたくないので出て行って下さいって言えよ」
「一刻も早く出て行け、朝霧」
割れたカップが入った袋を処理させるべくしっかりと持たせて、廊下まで海斗を強引に押し出し、見送らずにさっさと扉を閉めた。ついでに鍵も。特技をピッキングとしている彼に鍵なんて意味が無いとは分かっているが、朝食の時間も迫っている今、わざわざ再度鍵を開けてからかいに来ることも袋を戻しに来ることも無いだろう。扉に向かって、思わず愚痴を零す。
「全く、口が減らないにも程がある」
思い返して、海斗に呆れる。呆れ果てても足りない。養護教諭なって色んな生徒を見てきたが、あれは特別問題児だ。まあ彼は色々と特殊だから仕方無い部分があるが。
それでも、今居ないよりは居てくれてマシだったとも思う。一人であのまま尊徳の話を聞いていたら、俺はどうなっていたのか。いや、どうもしなかっただろうけど、それでも小さな変化はあった筈だ。結局、彼が何を言おうとしていたのか俺は悟った。しかし、直接言われるよりは、遥かにマシだったように感じる。
「――確かに、助かった」
あまり認めてやりたくはないが、本人を前にしなければ認めてもいい。それだけ呟き、俺は着替えるべく扉から離れる。思い切りカーテンを開いて、本日の快晴を確認した。今日も良い日になりそうだ。起床直後に既に色々あったことはともかく。気分は悪く無い。寧ろ良いくらいだ。気配をすっかり消し去った海斗が、まだ扉のあちら側にいて先程の呟きを聞いていたと知るまでは、の話だが。