| 「おまえはたまに強引だね、藤井」 「……まあ、たまには」 夜道に満ちた空気の冷たさすら、今に限ってはどこか浮かれた気持ちで受け入れていた。べつに寒いのが好きなわけではなく、年の瀬の買い物なんて本来であれば自ら進んで引き受けるようなものではなかったが、今日の藤井蓮は少し事情が違った。 当たり前のように大晦日に蓮の部屋に集合して年を迎える気であった幼馴染たちと、彼らに呼ばれたらしい先生との集まりは、大掃除を終えた夕方から始まった。またこいつらは無理矢理呼んできたのかよ、ていうかあんたもあんたで来るのかよ、と様々なつっこみを飲み込みつつ、その裏でひとつの思いつきをして。この年最後の夕食を四人で食べ終え、のんびりとテレビを見ながら、年が明けるまであと一時間となったところで、行動を起こしたのだ。すべては秘密の恋人と、たった数分でも年の瀬を二人で過ごすために。 「買い物の荷物持ちって理由は一見真っ当だが、連れ出し方がぎこちなかった。十点」 グレーのチェスターコートを羽織った教師の、薄い唇の間から煙草の煙が漏れ出し、暗闇に溶けていくのを呆れ気味に眺めて、蓮は小さく息をつく。その息すら真っ白で、視覚的にも寒さを生んでいた。 「あんたの態度が気に入らない。五点」 「藤井。おまえは年の最後まで、かわいいね」 「……思いっきり馬鹿にしてるでしょうそれ」 煙草を挟む唇の端がうっすらと上がるのを確認した。 「先生は年の最後まで可愛くありませんでしたね」 「おまえは可愛いが、おれは可愛くなくていい」 「自分勝手ですか。俺だって可愛くいたいわけじゃないんですけど。それってつまり子供扱いしてるってことだろう」 「そうでもない」 煙が出る白い筒を摘み、口から離した瞬間に、彼の革靴が何気なく動きを止めた。合わせて立ち止まると、不意に整った表情のない顔が蓮の間近に迫り、心臓がきゅうと縮まるような錯覚に身体が強張った。掠めるように唇が触れ合い、すぐに離れていくほんの数秒が永遠のような時間に感じられるくらいには、その行動は蓮の思考を鈍らせていた。 「子供には、しないな」 「──せん、せ」 熱くなった頬を、冷たい風が撫でていく。蓮がなんとか声を絞り出した直後、この教師は何事も無かったかのように煙草を吸いながらさっさと歩き出していた。すぐにその後を追いかけては並び、涼し気な横顔を睨みつける。 「なんであんたは、いつもいつも突然なんですか。予備動作が無さ過ぎるんですよ、何考えてるかもわからないし」 「今に始まったことじゃないだろ」 「それはそうですけど、自分で言うなよ。今日だって、香純たちに誘われるまま連れて来られて。断ろうと思えば、断れたくせに。……本当に、なに考えてるんだよ」 なぜ実家である教会に何故帰らなかったのかと、暗に問うていた。シスターと親戚の少女が待つ教会へ帰ると思ったから、蓮は彼を大晦日に誘わなかったのに。そうでなくとも、こんな集まりを彼が好むはずはなく。 「実家に帰るって言えば、あいつらも無理は言いませんでしたよ」 「だろうね。でも、いいんだ。去年も、挨拶は年明けに行ったしな」 それに、と続けた男の青い瞳がすっと動いて、どこかぼんやりとした顔の蓮を映す。口の両端が穏やかに持ち上がると、珍しく優しげな微笑を湛え、彼は正しく恋人にするように、蓮を見つめ返していた。再び時間が止まったような感覚が、蓮の身体も思考もその動作全てを遅らせて。 「おまえがいたからね、蓮」 「────」 彼は動かなくなった蓮の頬をぐにと引っ張ると、「何点だった?」と悪戯っぽくその微笑みを歪めた。全く、この大人は本当に、年の最後まで心臓に悪い──と、心中だけで文句を呟き、それでいて満たされながら。 「……さあ、どうでしょうね」 とぼけながら、緩む口元を片手で隠す。どうしようもない大人に翻弄されて、小さな幸せに浸って。そんな年を、蓮はもうすぐ終えようとしていた。 20171231 |
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